【読書#92】超AI入門

タイトル:超AI入門 ディープラーニングはどこまで進化するのか

編著者:松尾 豊

出版:NHK出版

<編著者の言いたいこと(200文字以内)>

学習とは「分ける」ことだ。
ある事象について判断する。それが何かを認識する。
「分ける」ことができれば、それをもとに行動することができる。

言葉を使っているときに、人間は、実は情報を落としている。
情報を落として、抽象化して要約して、その代わり保存性を良くしている。

脳とAIの関係は、鳥と飛行機の関係に似ている。
鳥を真似て飛行機を作り始めたが、

鳥が空を飛ぶ仕組みを抽象化していった結果、別のものになった。

<今後に活かす(100文字以内)>

運動神経の良い人は、自分の体をどうコントロールするかについて、
多くの「サブ問題」を作って挑戦することで、仮説を減らしているという話があった。仕事においても「サブ問題」を作るを応用してみる。

<その他_気になった言葉>

・情報を落とす能力―細かいことを忘れ抽象化する能力―自体が、人間の脳にとって本質的な意味を持ちます。

・”良い学習”のためには、丸暗記ではなく、うまく抽象化して、

ポイントをつかんで、そのポイントと答えの関係を

学んでいかないといけません。

これを「汎化」と言います。

・「過去の自分といまの自分は二人いない」

という仮定に基づいたほうが社会は成り立ちやすい。

他者から見たとき、「心」は首尾一貫して予想可能であるほうがいいわけです。

・しかし、感情や本能が、自己保存という生命の目的に由来

するものだと考えると、そもそも生命ではないAIが

本質的な意味での感情を持つことはないはずです。

・これは推測ですが、運動神経が良い人は、

スポーツをする際に、たとえば、自分の体をどうコントロール

するかについて、無意識にたくさんの「サブ問題」を

作って挑戦することで、仮説を減らしているのではないでしょうか。

初めての競技であっても、仮説を減らして可能性を限定することで、

少ないサンプルの中から自分に合ったものを見つければいい、

ということです。

・「人間の知能は”二階建て”である」という仮説に沿えば、

”二階”が”一階”を呼び出すことこそが意味理解であり、

”二階”と”一階”のインタラクションが思考である、

と私は考えています。

・「考える」は「感じる」に支えられている

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